臨床における物語りと対話
■エビデンス・ベイスト・メディスン
私たちは、たとえ医療と福祉に特化する専門コンサルタントといえども、医療従事者であるドクターの領域に踏み込んで、医療を語るべきではないと考えがちですが、経営学という社会科学も“人間の幸福のため”の科学であることを思うとき、医学における最新の知見や卓見は、経営においても生かされるべきものと考えています。
ある意味で、医療行為と経営指導には共通したところがあります。それは、医療における“エビデンス”と、経営における“エビデンス”とが似ているところにあります。つまり、医療における“処方箋”は、経営における“コンサルティング”と言える点にあります。どちらも、過去と現在の成功事例を統計的に、あるいは、合理的に、有効であると判断される解決策を提供しようとする基本姿勢にほかなりません。これを医学の分野では、EBM(evidence based medicine)と呼んでいます。
しかし、昨今、このEBMという基本姿勢に対して、新たにNBM(narrative based medicine)が提唱されています。以下、その代表著作から引用します。
■ナラティブ・ベイスト・メディスン
『ナラティブ・ベイスト・メディスン――臨床における物語りと対話』と題する著作の推薦の辞で、当時文化庁長官であった河合隼雄氏が、冒頭、次のように述べています。※
『本書は最近まで強調されてきた「evidence based medicine (EBM)」に対して、それへの反省を促し、補完的な意味と重要性を提示する画期的な書物である』とし、次のように、わかりやすく「narrative based medicine(NBM)」と未来への提言をしています。
※以下、河合隼雄氏の推薦の辞より
『人間はそれぞれ、自分の「物語」を生きている、と言うことができる。「病気」もその物語りの一部としての意味をもっているのだが、一般の医者はそれを無視してしまって、「疾患名」を与えることで満足する。しかし時にそれは、その人の物語の破壊につながってしまう。それでも、その疾患が医学的に治療可能な場合、まだ救いがあるが、治療が不可能な場合や、高齢者のケアのようなときは、それらの事実を踏まえて、患者がどのような「物語」を生きようとするのか、それを助けることが医療のなかの重要な仕事になる。
ここで大切なのは、そのような「物語」を医者や医療スタッフが見つけ出すのではなく、患者が自ら生み出してくる「物語」を受けいれる態度が必要なことである。このような態度を養うためには教育が必要であり、医学教育も、そうした視点から見直さねばならない(中略)。
診断を下すときにEBMが重要であることが強調されてきたが、純粋のEBMというのはあり得ないわけで、evidenceを見出すときに、医者は半意識的に何らかのnarrativeを心にもっていることが認められる。つまり、EBMとNBMとは相容れぬものではなく、むしろ互いに補完し合うものなのである。診断にもNBMは必要なのだ』と。
いま、医療の随所でカウンセリングが重要視されています。カウンセリングの基本技術は、「受けいれる」ことです。「聴く」ことでもあります。利己的な目標達成のための「誘導的」「回避的」な対話は、本来の目的にはそぐわない行為となることを再認識すべきと言えるでしょう。
※参考文献:
『ナラティブ・ベイスト・メディスン――臨床における物語りと対話』
トリシャ・グリーンハル/ブライアン・ハーウィッツ編集、推薦の辞・河合隼雄。斎藤清二・山本和利・岸本寛史監訳、金剛出版、2001年。
医療チームマネジメント・アドバイザー
学術博士 蔵満 正樹