院内のメモや掲示板のマンネリ化
■歯科における記録
さて、前回は記録の必要性について看護記録を例に挙げて考えてみたが、歯科における記録にはどのようなものがあるか考えてみる。歯科衛生士ならば、担当患者の業務記録、TBI記録など、積極的に書こうと思えば幅が広がっていく。しかし、アシスタントや受付にはこのような記録の機会が少ない。記録というより、覚書のようにメモで残すことが多い。そういえば、どこの歯科医院でも、受付カウンターの内面にはびっしりと様々な内容のメモが貼り付けられている。メモは、忘れたときの用心のために書き留められたものであるが、それにしては結構重要な事項が多い。頭に埋め込まれるまではメモを見ながら行い、終わってしまったら捨てられる。もし、これらがきちんと記録されていれば、素晴らしい受付応対のマニュアルが出来上がったに違いないと、いつもメモを見てそう思う。
■色褪せててしまう前に
さて、2年ほど前になるが友人と二人でセミナーの依頼を受けたとき、ある先生の医院を訪問させて頂いた。すると、先生から「何かアドバイスをして欲しい。」と言われた。このように積極的に、「我が医院を見てください。」といわれる場合は、往々にして院長⇔スタッフ間のコミュニケーションがほぼ円満で、大きな問題が起こっていない場合が多い。それだけに、問題点は見つけにくく、さて何かアドバイスするところはと診療室を覗いてみる。すると、友人は早々にスタッフの態度、設備的な事項など細かな指摘に入っている。「ならば私は受付に」と、受付に向かうと、若い女性がスマートな応対を行っている。ふと、背後に目を向けるとそこには院内の伝言板のような大きな掲示板が目についた。その掲示板には様々なメモが貼られており、私がそれらを見ていると、突然院長がこちらに向かい説明を始められた。「これは、スタッフに書かせた誓約書です。うちでは、勤務した初日にそれを書いてもらい、ここに貼ることで初心に戻り目標を毎日確認してもらっています。」素晴らしい目標が掲げられた誓約書を見ると、きちんとスタッフ教育の成された歯科医院であると感じると同時に、どれくらいこの誓約書が活用できているのか不安を感じた。すると、やはり院長は、「でも、書いたことをすぐ忘れるのでしょうね。実際できてないことがほとんどですよ。」である。
さて、院内に貼付されたメモであれ重要な誓約書であれ、長く貼られていることにより目に慣れてしまい、内容はもとより貼られていることへの満足感が起こってしまう。例えば、今回のように古くなった誓約書ならば、常に貼っておくのではなく、思わぬタイミングで見せるほうがスタッフの心に響いたであろう。また、受付に貼られているメモは、本来貼っておく必要のないものもたくさんある。これらを定期的に分別し、内容別に記録していくと、そこにはマニュアルの基盤ができる。その後も同じ作業をすすめていくと、どんどんそのマニュアルはボリュームを増し、充分な院内マニュアルが仕上がる。また、最も長く目に触れているものに、「待合室の掲示板」がある。変化のない掲示板は、患者様の目には医院のマンネリ化を映し出す。例えば、再度コピーで作製し直すだけでもいい。色をつけてみるだけでもいい。貼る場所を変えるだけでもいい。どこかに変化をつけることで、新鮮さを伝え、医院のやる気を見せていって欲しい。目にちょっとした刺激がかかるだけで、ふと気持ちに変化が現れる。きっかけとは思わぬところに潜んでいるものだと、古い掲示物を眺めながらそう思う。