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上田公認会計士税理士事務所(大阪市) 公認会計士 上田久之
- はじめに
医療法人制度は,昭和25年8月に,私的医療機関の経営の近代化を図るために,創設されました.この制度の創設により,医業の非営利性は維持しながら,資本集積の方途が容易になるとともに,経営の永続性も確保され,自然人による医療機関経営の問題点が克服されました.しかし,法人化するためには,医師が3名必要であるため,この制度は主として病院を中心に活用され,個人開業医にとっては,あまりなじみのないものでした.ところが,昭和58年ごろから,個人開業医にも家計と経営の分離を行い経営の近代化を図るため法人化の途を拓くべしとの意見がでてくるようになり,昭和61年10月に一人医療法人の制度が医療法改正により発足しました.
ただし,一人医療法人制度発足当時は,制度に対する知識の普及が不十分なこともあり設立併設は僅なものにとどまっていました.
この制度が本格的に普及するようになったのは,昭和63年に税制改正が行われてからとなります.社会保診報酬に対しては,昭和29年以来一律28%の所得税率が適用されていましたが,昭和54年以は所得税率が28%から43%までの5段階になり,さらに昭和63年に収入が5000万円を超えるものには,特例が適用されないことになりました.その結果,数千万円の増税になる開業医が続出することとなり,急激な税負担を回避するため多くの開業医がやむをえず法人化を選択することで,一人医療法人設立ラッシュの様相を呈した時期がありました(1988年から1990年にかけて,約9,000件の設立がありました).
以上のように節税効果が動機となり一人医療法人の設立が増えてきたわけですが,その間の数次の税法改正で,節税メリットは少しずつ小さくなってきております.それは,税率の改正が法人税率よりも所得税率の引き下げ等のほうが大きいことに帰因しています.たとえば,個人で5000万円程度の申告をしていた人が,一人医療法人化すると,役員報酬のとり方にもよりますが,98年税制であれば600万円あった節税効果が100万円縮少し,500万円のメリットとなります.税法改正による節税メリットの縮少の他,さらに,個人で常勤5人未満であれば,免除される厚生年金も法人であれば強制加入となり,それに伴う負担増も法人化の損得計算上考慮に入れて設立の可否を判断しなければなりません.
税法改正,厚生年金強制加入で,一人医療法人の経済的メリットは若干減少しましたが,最近では平成12年4月からの介護保険制度の創設と前後して,介護保険におけるサービスを実施するために,一人医療法人を設立する動きがでてきております.つまり,介護保険におけるサービス事業者の要件として,法人格を要求されているので,一人医療法人化せざるをえず,それが節税にもなれば,なおよいとの考え方にもとづくものであります.そこで本稿では,あらためて法人化のメリット,デメリット,法人化に伴う手続や法的な側面について考察をしていきたいと思います.
- 一人医療法人のメリット
- 節税メリット
医療法人化すると,税負担はトータルで減少することになり,その効果は個人申告所得が高額であるほど,大きくなります.たとえば,節税効果は,個人事業における所得が,3,000万円,5,000万円,
8,000万円とした場合,それぞれ役員報酬の設定により一概に言えませんが概算で300万円,600万円,1,000万円となります.
節税になる理由は,個人事業では地方税を含めて最高50%の累進税率が適用されますが,法人化により所得が,個人と法人に分離され法人には個人よりも低い法人税率および地方税率が適用され,さらに個人は役員報酬をとることにより,給与所得控除という領収書のいらない概算経費(給与収入5,000万円で420万円)が認められるからです.
ただし節税メリットを考える際に,税従者(妻または夫)が医師で診療に従事している場合は,相当に高額な専従者給与を支給できるので,注意が必要です.この場合,個人事業申告であっても所得の分散効果が既にでているから節税メリットがあまりでてきません.
また,通常,法人化した場合,理事長報酬をおさえるほど節税メリットがありますので,院長個人の資金繰と節税メリットの両方をかねあわせて考える必要があります.教育費,不動産ローンなどが多額になる人では,役員報酬を高額に設定しなければならないので,法人化による節税メリットがあまりでないケースがあります.法人化を検討する場合,住宅ローン,不動産ローン,教育費,生活費,社会保険料その他の個人支出を積み上げして,1年間の必要手取額を算段し,税込額に逆算して,必要役員報酬を設定し,その条件における節税メリットを試算する必要があります.
また,法人化する場合現在の収支がある程度の期間は,維持できることが前堤となります.収支が悪化した場合それに応じて役員報酬を引き下げていかないと,かえって税負担が増えることになるからです.
- 事業展開に有利
介護保険における事業のうちで,居宅療養管理指導や,デイケアサービスのように,個人経営でも認められるものもありますが,老人保健施設や,老人訪問看護ステーションは法人格をとることが要件とされています.また現状の医療法では,個人が2以上の医療機関を開設することは認められておらず,分院をもつためには,法人化することが不可欠となります.さらに97年の医療法の改正で,医療法人の付帯業務として,老人デイサービスやホームヘルプサービス,老人短期入所施設の経営などの,いわゆる「第二種社会福祉事業」が認められました.個人では介護保険における事業としては,医療系の事業に制約されるのですが,法人化することにより福祉系の事業まで展開できる大きなメリットがでてきました.以上,分院取得,老健施設,老人訪問看護ステーションの経営,介護保険の福祉系サービスの実施といった,業務範囲の拡大に法人化のメリットをみることができます.
- 事業承継に有利
高齢,病気,急死,などの理由で,医院を譲度する場合,身内に後継者があれば後継者に承継しますが,後継者がなければ相手方が第三者となることもあります.いずれのケースも個人経営では,いったん医院を廃業し,あらたに開設する手続が必要となります.さらに親子間承継では,例外的な取扱いがありますが,第三者に譲渡する場合は,保険診療ができる期間に1カ月のブランクが生ずるので,「営業権」の価額を決めるときに,不利になることがあります.
それに対し,医療法人では,「経営の承継」は,理事長の交代という法人内における手続と都道府県への届出ですみ,「所有の承継」も,医療法人の出資金の譲渡により完結するので,承継の相手が身内,第三者を問わず非常に簡便に承継を行うことができます.その意味では,後継者がいる場合は,法人化すると有利といわれていますが,後継者がなくて第三者へ承継する場合も,法人のほうが手続は簡略化されます.
また,個人では引退をする際の自らに対する退職金の経費処理は認められていませんが,法人では役員に支払う退職金が法人の損金として処理できます.退職金の支払っすることで法人化により法人内に蓄積された利益の個人への払戻しと後利者がある場合は,退職金支払で生じた巨額の赤字を5年間繰越欠損金として税除することで結果として節税につながることになります.
- 経営の近代化
個人経営では,院長に対する給与は経費化できないので,損益計算において経営の成果は,院長の給与込みで算定されます.また,税金を支払ったのちの,いわゆる可処分所得から,院長個人の生活費,住宅ローン,教育費,社会保険料,生命保険料といった個人的支払と,事業用借入金の元本返済が行われるので経営の成果を把握し難いという難点があります.
それに対し法人においては,理事会の決議により決定された一定の役員報酬が法人から支出され,事業用ローンの元利金は法人の経理から返済されます.院長の生活費などの個人的支払は,法人から受けた役員報酬から支出され,法人の経理には全く影響しません.このように,法人においては,事業と家計が完全に区分されるので,いわゆる丼勘定的な要素が排除され,経営の成果の把握が容易に行えるというメリットがあります.
- 一人医療法人のデメリット
- 院長の手取が減少する
個人の税率よりも法人の税率のほうが低いので法人化による節税メリットを追求するには,できるだけ理事長報酬を低く設定し,法人で利益を出す必要があります.個人経営の場合は,事業で生じた所得から,税金を支払うと残りはすべて,院長個人に帰属することになりますが,法人においては,事業の所得が法人と,個人に分離されるので法人化する前よりも,院長の手取りは減少します.もちろん,トータルとしての税負担は法人化により軽減されるのですが,節税になった部分は法人の剰余金のして蓄積され,その使途は医療および附帯業務に制限されるので,法人化の大きなデメリットであるとの考え方もあります.しかしその剰余金は使途の制約はあるものの,税金のように個人の管理からはなれて,国に帰属してしまうわけではなく,いずれ院長がリタイヤするなら退職金でとれるわけですし,退職金支払後になお余剰金があれば,最終的には個人に払戻されて清算が完了します.このように考えると一概にデメリットとも言えないのですが,いずれにしても院長個人の手取りが法人化により減少するのは事実です.
- 設立のコスト,手続,設立後の事務
医療法人の設立は,株式会社や有限会社などの一般商事会社に比べて,手続が複雑で期間を要します.設立認可申請書の提出,認可書の審査,都道府県医療審議会への諮問,認立認可,法人設立登記,法人診療所設立許可申請書の提出,個人診療所の廃止,保険医療機関指定申請と順を追って手続をすすめでいきます.こういった行政手続に不慣れな場合,相当の時間を費すことになるので,公認会計士事務所等へ依頼することが通常ですが,いずれにしてもコストがかかります.法律的には,いったん個人診療所を廃止して,新たに法人診療所を開設することになるので,生活保護,労災,自賠積などの切り替え,銀行,リースの債務引継,中退金,損害保険,生命保険など諸々の銀行引法契約の切り替えなど一時的ですが,相当の事務量となります.
また,外来総合診療料,デイケア,リハビリ施設基準,小児定額制などを採用している場合の届出なども必要となります.
「法人設立後の手続としては,2年に1回の役員変更登記,毎年の純資産登記,決算書の知事への届を行うことが必要であり,年2回社員総会を開催することが義務づけられています.
- 交際費の損金算入に限度がある
「個人事業では,交際費は事業を遂行するために必要と認められる限り,特に年間いくらといった限度額はありません.
「法人では,資本金が1000万円までで,年に360万円,1000万円を超えると240万の限度額があり,それ以上交際費を支出できないということではありませんが,経費としては認めてもらえません.
「したがって,個人事業で交際費を多額に計上している場合は,法人設立後の交際費の限度額も考慮に入れて損得計算をする必要があります」
- 厚生年金が強制適用となる
「個人事業であれば,従業員の数を常勤5人未満に抑えておけば,厚生年金の適用を免れますが,法人では従業員が1人でもいれば強制適用になります(健康保険については,適用除外申請を行うことにより従来通り,医師国保の利用が可能です).
「厚生年金保険料は,給与により変動しますが理事長で月額報酬が60万を超えると,月10万円,職員は給与25万円の職員が仮に3人いて,法人と個人で折半すると,法人負担が月6万円て計16万円の負担増となります.
「そうなると,例えば年間500万円の節税効果が得られるケースでも,保険料を月16万程度負担すれば,節税額は実質385万円となります(計算500万円-16万×12×0.6(※)=385 ※増える保険料負担に対しての税軽減を考慮して0.6をかけます).
「しかし,理事長の厚生年金は自分が将来,受給を受けるわけですし,質のよい従業員確保の観点からみれば,厚生年金は保険料負担のデメリットだけではありませんから,総合的に検討する必要があります.
- 設立に関するその他の留意点
- 小規模企業共済の解約
「個人経営時代に小規模企業共済に加入している場合に,医療法人を設立すると,共済の継続ができず,事業廃止と同時に解約しなければなりません.今までの掛け金に対しては,解約一時金が支払われます.なお,法人設立後は,これに代わる私的制度として,生命保険を利用して理事長退職金制度を確立する方法があります.
- メディカルサービス法人がある場合
「診療所に対する業務の受託や,不動産賃貸業務を目的としている法人で,院長の親族が役員などに就任している.いわゆるメディカルサービス法人(MS法人)を併設しているかを,申請時にチェックする都道府県があります.MS法人がある場合,代表者の変更などを指導されることがあります.許可官庁としては,MS法人を利用することにより,医療法人の配当規制を回避する行為があっては困るからと思われます.
- テナントの場合の家主の同意
「貸ビルなどでテナントとして医院経営をしている場合,法人設立後は,その不動産賃貸契約を個人契約から医療法人に変更する必要があります.法人設立後,契約変更する旨の家主の同意書や,設立後の新契約書の提出を,認可手続の過程において,要求されることがあるので,事前に根回しをしておかなければなりません.特に家主が共有などで複数いる場合,家主が大手企業などで,契約書の変更に複雑な社内決済を要する場合.契約書の変更で,家賃値上げ,保証金積み増しにつながるような場合.家主と友好的な関係にない場合に注意が必要です.
- 保健所の検査
「個人開業医が一人医療法人に組織替えした場合には,個人で開設していた診療所は廃止され,新たに法人による開設がされるので設立登記後速やかに保健所に法人診療所開設許可申請書を提出する必要があります.その際,保健所による検査が実施されます.今まであった例として,薬局と受付の間仕切り,レントゲン防護設備の改善などについて指摘されたケースがあります.
「またレントゲン関係の届出も必要になりますが,専門家でなければ書類が作成できないので,余裕をみて,レントゲン業者への依頼をしておかないと期日に間に合わないことがあります.
- その他
「大阪府においては,設立時の最低出資額は1000万円であり,設立後ただちに法人の預金口座に入金しなければならないので,設立に際して資金の準備が必要になります.
「法人を設立しても,年間自費収入が1000万までならば,消費税はかかりませんが,法人設立後2年間は,自費収入が1000万以下であっても消費税がかかります.
「法人を設立すると,従業員や専従者給与の他に院長の給与についても源泉徴収しなければなりません.源泉徴収した源泉預り金の納付は毎月,翌月10日に行います.従業員数が10名未満の場合には,1月と7月にそれぞれ半年分をまとめて納付できる特例があります.しかしこの場合,従来納付していた分に院長の分が加わるため,納付が高額となるので,資金管理が必要です.

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